大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)4301号 判決

原告

横山富士子

被告

黒岩繁

主文

一、被告は原告に対し、金三一万〇、四〇〇円とこれに対する昭和四三年八月二四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

一、原告その余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

一、この判決の初項は仮りに執行することができる。

事実及び理由

第一、当事者双方の申立

(原告)

被告は原告に対し金一七三万七、二六〇円とこれに対する昭和四三年八月二四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者間に争いのない事実

一、傷害交通事故の発生

とき 昭和四三年一月五日午後八時二〇分ごろ

ところ 佐賀県鳥栖市曾根崎一四七八の二

事故車 小型四輪乗用車(福岡五み三二五六号)

運転者 被告

被害者 原告(当時三五才)

態様 原告が乗客として同乗していたタクシーが、赤信号に従つて停車中、後方から事故車が飲酒運転により前方注視義務をおろそかにして接近追突し、ために原告が負傷した。

二、帰責事由

被告は事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供しているものであるから、自賠法三条により、本件事故によつて原告がこうむつた損害を賠償すべき義務がある。

第三、争点

(原告の主張)

一、損害

1 受傷内容および治療経過

原告は、前記追突の衝撃により、頭部打撲、左側眼窩亀裂骨折、第五、六、七頸椎骨折、むち打症候群、脳底圧迫症の傷害を受けて、入院治療六四日間を要したが、退院後も、第六、七頸椎の損傷が残存し、いわゆるむち打症候群症状の後遺症(障害等級一一級)をとどめている。

2 得べかりし利益の損害

原告は、本件事故前、訴外株式会社中井組で経理事務員として就業し、日給一、〇〇〇円を得ていたが、昭和四三年三月八日退院後、同月末日までは就労することができず、同年四月一日から復職したが、雑務作業に職種を変更され日給を八〇〇円に減額された。これは、前記後遺症によるものであり、今後就労可能な二八年間継続するものと考えられるので、この間の得べかりし利益の損失を計算すると、合計金一〇五万一、二六〇円になる。

算式

一、〇〇〇円×一八=一八、〇〇〇円(昭和四三年三月分)

二〇〇円×二五×一二×一七・二二一=一、〇三三、二六〇円(同年四月一日以降の分、但し、二〇〇円は減収日額、一七・二二一は二八年のホフマン係数)

3 慰藉料

原告は、前記後遺症により、常に頭痛、めまい、両手のしびれ等になやまされ、夫との別居生活を余儀なくされ、一女を抱えて、将来の生活に多大の不安と困難を感じているものであり、その精神的苦痛を慰藉するには金九〇万四、〇〇〇円が相当である。

4 弁護士費用

着手金 一〇万円

報酬 一〇万円

二、損害のてん補

原告は、前記後遺障害の補償費ならびに入院中の慰藉料として合計金金四一万八、八〇〇円を自動車損害賠償責任保険金から受領した。よつて、これを前項の損害額から控除する。

三、本訴請求

よつて、原告は被告に対し、右損害残額金一七三万七、二六〇円(違算)とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年八月二四日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを請求する。

(被告)

原告は事故当時、その主張の如く稼働していたものではない。後になつて裁判所を欺き、傷害の程度に比べて、膨大な金額を逸失利益による損害の賠償として獲得するためにその主張のとおりの工作をなしているに過ぎない。又、その後遺症にしても、原告が入院した事故現場近くの稗田病院の診断には、同病院担当医師稗田満が治療費の水まし請求により詐欺罪として起訴され、保険医資格を剥奪されている点からしても疑問がある。けだし、治療費の請求額を増大せんがために、いきおい傷害の程度、態容を実際のそれよりも誇大に診断していたものだからである。以上の次第で、仮りに原告が事故前就労していたものであるとしても、昭和四三年三月八日には前記医師により治療した旨診断されているのであるから、同日以後の逸失利益は認められるべきでなく、仮りに後遺症があるとしても後遺障害等級一四級程度に過ぎないものと思われる。

第四、証拠関係〔略〕

第五、争点に対する判断

一、傷害の部位、程度及び治療経過について

〔証拠略〕には、その傷病名及び態様の欄に「頭部打撲、左側眼窩亀裂骨折、頸椎五・六・七骨折、鞭打ち症候群、脳圧亢進症」と記載され、更に「受傷後三~四日后より症状の発現ありて対症及び根治療法施行、経過良好にして症状軽減治癒に向かうも、頸椎六、七に尚損傷をX線にて残存せるを認むるも一応治癒せるものと認む」と記され、「昭和四三年三月八日治癒」 後遺症内容の欄に「頸椎六・七の損傷は残存し、いわゆるむち打ち症候群症状の残存あり、労働者災害補償保険級別一一級に該当」(原文のまま)と記載されている。そして、原告が、右診断により、事故後直ちにその現場に程近い右稗田満の経営する稗田病院に六四日間(昭和四三年三月八日まで)入院したことは、〔証拠略〕によつてこれを認めることができる。しかしながら、同証人は、その証言で、前記骨折の診断は、事故当日撮影したX線撮影の写真の結果(〔証拠略〕)によるものであるとし、右写真で第四、第五両頸椎の間隔が他のそれに比して狭くなつているところから、右第四、五頸椎が骨折とまではいかないまでも損傷を来しているものと判定した旨述べ、前記甲第二号証(診断書)記載のその余の骨折についても頸椎間の狭少のことを指摘している処で同証言によると、同医師は、いわゆる治療費の水まし請求をした疑いで、原告入院中である昭和四三年二月一六日捜査官憲の手入れを受け、調査された結果、詐欺の罪名により佐賀地方裁判所へ起訴され、同年三月末日限り同病院を休院とし、健康保険医としての資格を失い、同年一一月から同人の父訴外稗田憲太郎がその施設を鳥栖中央病院と改名して経営をはじめたことが認められる。一般に医師の診療行為は専門技術的であるため、通常の患者ないし第三者において、その適否の検討を極めて困難にしているものである。と同時に、医師一般に対する社会的信用の存在からその合理性ないし妥当性が推認されているものである。本件の如く、医師としての道義に反し、診療に関して社会を欺いた医師の、しかもその犯罪的行為のなされたころの診療行為に対しては、到底これを他の善良な医師の場合と同一に評価することはできないところである。そこで、〔証拠略〕をみるに、前記X線写真によつては、頸部にも頭部にも骨折は認められず、「左側眼窩亀裂骨折、頸椎五・六・七骨折」を支持する所見も存しないこと、事故後二年を経過した右鑑定時に第五頸椎椎体前下方縁に受傷時のX線写真には存しなかつた 堤が認められていることから、第五・六頸椎間の椎間板に損傷を来したことが推測されること、このことは、受傷時頸椎その他の支持組織に相当の衝撃が加つたことを示唆するものであること、そしてそのことが、未だに原告の自覚症状である後頭部痛の由つて来るところであると推察されること、治療の面において、頸椎椎間板に損傷を来している以上、約二カ月間の入院による治療は通常であること、なお、原告には現在右症状(後頭部痛)のほかに、視力が減退し、近視が進行していることのほかいらいらや気分の悪さ、立ちくらみ等の愁訴が認められるけれども、これはいずれも本件受傷とは直接因果関係の存しないものであること、が認められる。他に右認定を覆して原告の主張を支えるに足る措信すべき証拠はない。

二、得べかりし利益の損害

〔証拠略〕を総合すると、原告は、昭和四二年一一月二五日から大阪市西区前田屋町一、株式会社中井組専属下請業南口清春のもとで経理事務職員として日給一、〇〇〇円で勤務し、同年一一月分四、〇〇〇円、同年一二月分二万五、〇〇〇円の収入を得ていたこと、本件事故のため昭和四三年一月六日から同年三月末日まで休業して賃金を得られなかつたこと、同年四月一日から就業しているが、頭痛愁訴により欠勤がちであるため雑務を担当し、同日以降昭和四四年六月ころまで日給を八〇〇円に減額されたこと、の各事実が認められて、他にこれを左右するに足る措信すべき証拠はない。なお原告は右減額はその就労可能な今後二八年間継続する旨主張するけれども、先に認定した後遺症の程度からして、昭和四五年二月末日ころまでとみるのが相当である。

そこで、原告の得べかりし利益の損害をその主張との関係において、退院後の昭和四三年三月八日から同月三一日までの分と、昭和四三年四月一日から昭和四五年二月末日までの分を一カ月二五日稼働するものとして算定すると合計金九万四、二〇〇円となる。

算式

一、〇〇〇×二四×〇・八=一万九、二〇〇(円)

二〇〇×二五×一二×三=一八万(円)

三、慰藉料

当事者間に争いのない本件事故の態様、前に認定した傷害の程度、入院および退院後も頭痛愁訴があつて通院(但し回数不明、〔証拠略〕には、昭和四三年七月一五日原告が吹田市富沢産婦人科医院にて診断を受け、鞭打ち症候群の病名を付されたことが認められるが、他に通院の実態を証すべき資料はない)していること、等諸般の事情を総合して、原告の本件事故による精神的苦痛を慰藉するには金五〇万円が相当であると認める。なお、原告主張の夫との別居の事実は〔証拠略〕によつてこれを認めることができるけれども、同証言によれば、別居の話は本件事故以前から相互の性格の不一致を主たる理由として出ていたもので、本件事故によつてそれが具体化したというべきものでもないこと、その子(事故当時は小学四年の女子)は夫たる右横山忠夫において引取つていること、が認められるので、この間の事情を右慰藉料算定の事由となすことは妥当でないから、これは考慮しない。

三、弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、後記認容額その他弁論の全趣旨に照らし、原告がその訴訟代理人に本訴追行を委任したことによる費用のうち金三万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

四、以上損害の総額金七二万九、二〇〇円から、原告において既にてん補を受けている金四一万八、八〇〇円を控除すると、その残額は金三一万〇、四〇〇円となる。

五、よつて、被告は原告に対し金三一万〇、四〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年八月二四日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

以上の次第により、原告の本訴請求は右の限度において理由があり、その余は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

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